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NOBUKO in PARIS 笑 Part1

最終更新日: 2026.01.13 (火) ハーバルセラピスト 宮崎宣子

NOBUKO in PARIS

皆さん、こんにちは。

私は日本にいるのですが、EMILY in PARIS という Netflixでシリーズドラマがありまして、アメリカのPR会社に勤めるEMILYがパリに転勤となり、色々な試練を乗り越えながら、またパリのロマンチストな男性と複雑な恋愛をしながら、必死に仕事と向き合っている物語なんですが、その街並みと文化が見られてとても面白かったのでなんとなくこのタイトルにしてみました。笑

実は、EMARAを始める前にパリとドイツに行く機会がありました。ハーブを使った商品を作ろうと思っていたものの、何から始めていいのか分からず、そんな時にドイツに住む方が色々と案内してくれることになったのです。自律神経を壊していた時にハーブティーに救われた経験があったので、最初はハーブティーを考えていたんです。そこで一番お茶を楽しむ国はどこだろうと考えた時がパリでした。もう9年前になります。

今回は何回かのシリーズに分けてその時に経験を書いてみようと思っています。今の自分を決める一つの転機となったように思っています。実際にパリに住んでみたいなと思ったこともありましたが、日本人でもパリに行く人は多いですが、その土地の文化や人間性となると結構パリは強烈。どこでもそうですが、自分のやり方考え方を根本から変えないといけない国だなと感じました。どこの国でもある程度はそうですが、パリに住むなら自分もパリの人にならないといけない感じが京都の風土と似ている気もしました。その土地を愛し、その土地の文化を大事にしている。だからこそよそ者には少し厳しいところがあったりするのかなと、そこに面白みも感じています。

 

思ったより甘かった自分

思い通りにいかない現実

この時は、37歳でした。ちょうど離婚して3年が経とうとしている頃で、これから先の40代をどう生きるか決めなくてはいけない時期でした。アナウンサーとしてどう生きるのか、それとも何か新しいことを始めるのか、だとしたら何をしたらいいのか・・・離婚を経験した時に自分には結婚という生活は向いていないと感じていました。一人が楽・・・おひとりさま体質で、自分のやりたいことをやりたい時に思いっきりやりたいタイプだと再認識したのです。小学校6年生の頃の日記に自分の夢、世界を股にかけたアナウンサー・女優・社長になると書いてありました。ところがこの時の私は本当に全てが中途半端だったのです。日本テレビを辞めて、自分の次なる夢をスタートさせようと思うもそれがまるっきり見つからなかったのです。フリーアナウンサーになっても、仕事は楽しけどこのままでいいのかが分からない。時間だけが刻々と過ぎてゆき、自分のこれからがまるっきり見えないまま30代後半に入りっている現実。37歳ってもっと大人だと思っていたし、もっとかっこいい大人になっていると思っていました。ところが今の自分はどんどん転げ落ちるように理想の自分からはかけ離れていきました。このままではダメだ・・・焦りしかなかったパリでした。

 

何しにパリに来たのか・・・不安と焦り

一人になった時に思ったのが、私しかできない誰かの役に立つ仕事ができないだろうかということでした。今でこそ再婚し子供がいますが、本当に奇跡のような出来事のおかげでして、この時は想像もつかず、現実的に考えればこれから一生一人で生きていくにはどうすべきか、これからの時間を何に使うべきか、何をしたいのか、何にワクワクできるのか自分探しの悶々とした日々でした。中途半端な自分にケリをつけたい、今回の旅で私は何かを見つけることができたらいいなとただひたすら散歩しました。4日ほどパリに泊まってその後ドイツに入ることになっていました。こんなふうに自分にモヤモヤがある時には決まってトラブルが起きるのですが、案の定泊まっていたホテルが停電し、シャワーを浴びていたら急に真っ暗になりドライヤーが使えず復旧までびしょびしょで過ごすことになりました。フロントに聞いてもいま直してるからとしか言われず、しかもフランス語は分からないので、従業員同士がどんな会話をしているのかは分かりませんでしたが、きっとこの日本人びしょびしょの髪の毛で何言ってんだみたいな会話だったのではないのかなと悲しくなったのを覚えています。

 

笑っているようで笑えてない

この顔を見てください。思いっきり笑えてないですよね。私は何年もこんな時期がありました。顔では笑っているんだけど、笑えていない自分でした。この時に小木矢作の小木さんとロケした時に、「宮崎さんて不幸顔だよね。なんか幸が薄そうっていうかさ。幸せになれないタイプだよね。」って言われたことがあったんです。言われた時は、本当に色々とうまくいっていなくて、このパリも行くかどうか悩んでいました。人の顔はその時の自分の状態を表すというので、正直に伝えてくれた小木さんには感謝していて、やっぱりそう見えるんだ!このままではダメだ!と気付かされたのを覚えています。今回の写真は宮崎県からカメラマンのワタナベさんが記録を兼ねて撮影に同行してくれました。渡辺さんの写真をみても、私こんな顔してたんだなと思います。

ただ、旅の途中から少しづつ表情が変わっていくことにも気がつきました。この日はパリについたばかりの初のディナーでした。素敵なフランス料理に感動しながらも、時差ボケで恐ろしく眠かったのを覚えています。

パリでは町中の有名なカフェやお茶屋さんを周ろうと企画していました。そのために現地に住む日本人の女性がアテンドしてくれて色々とパリのカフェタイムを勉強することができました。

人生第2章のはじまり

もしアナウンサーが第1章とするなら、ここが第2章のはじまりかもしれません。パリで感じたこと起きたことをメモに書き留め帰りの飛行機では何か自分のこれからやるべきことがはっきりと見えたように思いました。ここに来る前にハーバルセラピストという資格を取りました。自分がハーブに助けられ、自立神経失調症から復帰した時に支えてくれたハーブティーを思い出し、私しかできないことで何か役に立つものを作れないか、それがハーブにまつわることなら自分の経験を活かせるのではないかと考えたのです。

ただ、この時もハーブにはどのような効果があり、どのように活用するのがいいのか分かりませんでした。そこで一から勉強してみようと思ったのです。毎週4時間の講義を受け、その後2ヶ月間1日7時間勉強して資格を取りました。資格を取れたことで、ハーブの人への効果、活用方法はなんとなく身につけることができました。ただ、この後どうするのか、、、まだ自分には決意が持てなかったのです。さてどうする?

 

 

とりあえず、やってみるか

私の生き方は、全てこれです。やろうかやらないか迷うならとりあえずやってみるを選んで来ました。途中で合わなかったら辞めればいいのです。やってみなかった時の後悔の方が大きな後悔として残るのが嫌いでした。パリの人ってカフェでとても楽しそうに話しているんですが、実際にはきっと色々な悩みがあるんですよね。ただ街並みが人を輝かせ、元気にしてくれるように思いました。おしゃれだけどものを大事にしていたり、華やかなフランス料理だけではなくビストロも楽しむような。きっと隣の芝生は青く見えるだけでフランスの華やかなイメージと街並みと歴史が煌びやかにしてくれていますが、たくさんの努力や経験の積み重ねのようにも感じました。その華やかさがどん底の私に光を差してくれてように思いました。そして次第にやりたいことが決まって行きました。今の私には夢があります。宮崎にハーブの工場とカフェを併設したいんです。そこにくる人には、癒しとパワーを与えられるような華やかさとほっとできるような空間を作りたいと思っています。まだまだ遠い夢ではありますが、いつか実現させてみたいと思っています。

 

 

旅は私の財産であり祖母の希望である

NOBUKO in PARIS 第一回目はいかがでしたでしょうか?決してルンルン気分で行ったわけではありませんでした。全てがうまく行っていないのにパリに行くことは全然乗り気ではなく、むしろ後ろ向きでした。ただこのままではいけないという思いだけはありました。私が旅に出かけるのは、旅先だと何かを考えて書きたくなるのです。なので必ず手帳や日記を持っていきました。旅先では今までの経験やこれからの自分の目標などを考えるのかもしれません。ハーブを使って何かをやると決められなかった私に、パリが背中を押してくれたように思います。何か疲れた時や、上手くいかない時こそ、旅に出るんです。一人旅もたくさんやりました。知らない土地で、客観的に自分がいかにちっぽけな存在かを痛感し、だからこそ自分がやれることはなんなのかを知ることができたります。また、私が旅に出てそこのお土産を買うことが祖母の希望でもありました。祖母は戦後に日本に戻ってから一度も海外に行ったことがありません。祖父がアルツハイマーになりその介護に10年以上。その後も30年くらい生きていましたが、行こうといってもいかないのです。そして私の母も同じく70歳を迎えましたが宮崎からほとんど出たことがありません。パスポートも持っていません。行こうと言ってもなかなか行きたがらないのです。これってなんなのかなと思いましたが、知らないことに挑戦してこなかったら、新しいことをスタートすることがだんだん難しくなるんだと思いました。行きたい、行きたいと言うけど行かない。環境もお金もあっても行こうとしない。その祖母と母を見てきた分、私がガンガン挑戦して動きまくっているように思います。

 

さて第2回も色々とありましたので次回もよろしくお願いいたします。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

宮崎宣子